カテゴリ: 文化・伝統
福を招く心 ― 祈りを形に、手仕事の願い
2025年11月12日、朝の澄みわたる空の下、浅草・鷲神社へ、日ごろの感謝と商売繁盛の願いを胸に向かいました。
八時を過ぎた境内はすでに多くの参拝者で賑わい、熊手を手にした人々の笑顔と、遠くから聞こえる太鼓の音が重なります。
澄んだ空のもと、社殿の朱がやわらかな光を受けて落ち着いた美しさを見せていました。
その光景に、祈りを形に託すという日本の心が、今も息づいていることを感じます。
酉の市とは ― 鷲神社・長國寺に宿る「おとりさま」の祈り
毎年十一月の酉の日に開かれる「酉の市」。浅草の鷲神社と長國寺は、その発祥の地として知られています。
もともとは収穫を感謝する農民の祭礼でしたが、江戸の世に入り、商人たちが「商売繁盛」を祈る祭りへと姿を変えました。
長國寺と鷲神社、ふたつの祈りの場を巡ると感じるのは、静かな信仰の重なり。
境内に並ぶ熊手や露店の彩りは、まるで手づくりの落雁の色づかいのようにやさしく、人々の願いをすくい上げています。
どちらも“祈りを形に託す”という、日本人の手仕事の美しさが息づいています。
熊手 ― 「福をかき集める」縁起物
酉の市といえば、福を呼ぶ熊手。
商人たちは金銀の飾りや小判、鶴亀をあしらい、一年の繁盛を願いながら手に取ります。
その一つひとつの熊手には、作り手の想いと祈りが宿り、見る人の心を温めてくれます。
商売繁盛と除災招福 ― 江戸商人の信仰
酉の市は、信仰と商いが結びついた、江戸ならではの行事です。
響く太鼓、笑い声、香のかおり――その空気のすべてに、「今年も無事に」「来年も良い年を」という人々の祈りが満ちています。
神社や寺院に供える落雁もまた、こうした祈りの文化と深く結ばれています。
酉の市の日に「福を呼ぶ落雁」を供えることは、古くから続く日本人の祈りのかたち。
わがし京増では、「福」「寿」「松竹梅」などの意匠に願いを込め、ひとつひとつを手づくりしています。
神社に供える落雁 ― 福を分かち合う文化
落雁は古くから、神前に供える供菓として親しまれてきました。
米や豆の粉を用いた乾菓子は、清らかさの象徴であり、祈りを捧げる心そのものです。
供え終えた後には家族や親しい人と分け合い、「福を分かち合う」文化が今も受け継がれています。
わがし京増の落雁は、「福」「寿」「松竹梅」といった縁起の意匠を大切に、ひと型ずつ丁寧に作られています。
祈りを形に託す日本の手仕事として、落雁はお菓子を超えた“祈りのかたち”として息づいています。
祈りのかたち、和菓子の心 ― 落雁
祭礼の供菓としての歴史
落雁は、古くは仏前や神前に供えるための菓子として生まれました。
米や豆といった自然の恵みを粉にし、乾菓として形にする。
その一粒一粒に感謝と祈りを込めることは、“祈りを食す”という日本独自の信仰の表れです。
福を分かち合うお菓子として
供え終えた落雁を家族や友人と分け合う――。
酉の市の熊手が福を集める象徴であるように、落雁は“福を分ける”お菓子。
そのやさしさが、祈りの文化を今に伝えています。
願いを形にする手仕事
型に粉を押し固める瞬間、一つの祈りが形を結びます。
その静かな所作はまるで祈りの儀式のようで、心を整える時間でもあります。
落雁は、酉の市に込められた祈りの文化を、そっと映し出す和菓子です。
祈りとともにある手仕事の美しさを、落雁という形で伝えていけたらと思います。