和菓子小径こみち
竹を意匠にした落雁『双竹雅』
落雁「双竹雅」―― 節を重ね、空へとのびゆく

竹笋生 ― 土より生まれる命

初夏の土を割り、筍の芽吹き

若葉に光が透きはじめ、風にほのかな青さが宿る頃。七十二候は「竹笋生(たけのこしょうず)」を迎えます。

二十四節気「立夏」の末候にあたる、およそ五月十五日から十九日頃。土の奥で時を待っていた筍が、雨を受け、やわらかな地を押し上げるように姿を現します。

春の名残を抱きながら、季節はゆるやかに初夏へとうつろいゆく頃。目には見えぬ土の中でも、確かな生命の息吹が満ちてゆきます。

土の奥より芽吹く、若竹の生命

春の雨をたっぷりと含んだ土より、筍はやわらかな地を押し上げるように姿を現します。一夜のうちにも背丈を増し、その力強さは、まるで大地そのものが息づいているかのようです。

こうした姿は、古くより「雨後の筍」という言葉に託されてきました。雨のあとに次々と芽吹く様子は、絶え間なく生まれる命や、栄えゆく物事のたとえとして親しまれています。

はじめは掌におさまるほどの小さな芽吹きでありながら、筍はやがて節を重ね、青竹へと育ってゆきます。その天へとのびゆく姿には、新たな始まりへの希望と、未来へ続く命の力が重なります。

また、「筍の親優り」という諺が語るように、若竹は親竹を追い越すほどに大きく育つものとされてきました。空へ向かい伸びゆくその姿には、子の健やかな成長への願いと、次代へ受け継がれてゆくよろこびが託されています。

空へと真直ぐに、竹の姿

竹は古くより、清らかさと繁栄を宿すものとして親しまれてきました。空へとのびゆくその姿には、濁りのない心と、ひたむきに生きる力強さが映し出されています。

節を重ねながら育つ竹は、強くありながらも、風に逆らわずしなやかに揺れます。折れぬために撓るその姿は、古くから人の心のありようにも重ねられてきました。

また、冬の寒さの中でも青葉を絶やさぬ竹は、変わることのない生命の象徴でもあります。季節を越えてなお瑞々しさを保つその姿に、人々は尽きることのない命の力を見出してきたのです。

芽吹きの季を映して、竹笋生のこころ

土の奥で育まれていた命は、やがてやわらかな地を押し上げるように芽吹き、空へと向かって伸びてゆきます。その姿には、目には映らぬ季節の歩みと、絶えず巡りゆく時の流れが宿っています。

「竹笋生」の頃に感じられるのは、内に秘めていた生命が満ちあふれるような気配。力強さの中にやさしさを湛えたその息吹は、若葉を渡る風や、雨上がりの土の香りとともに初夏を告げてゆきます。

移ろいゆくひとときの景色を、菓に映して。季節の巡りや、芽吹きゆく生命の気配を感じながら、お楽しみいただけましたら幸いです。